「のれんわけ」とはどういうことか
飲食業界は広いようでその実狭いものです。飲食業に関わる人間にとっては「レシピ」はその店の「すべて」であるといっても過言ではありません。「レシピ」はその店の料理のすべてであり、その料理がお客さんを呼ぶ唯一のものなのです。そして、それが「売り上げ」、そして「経営」につながる最重要なものなのです。「のれんわけ」という言葉をよく耳にします。「のれんわけ」とは、自分の店の秘伝のレシピをだれかに分け与え、その味を拡散させることでもあります。この言葉はよくラーメン店やすし店など、特殊な技術を必要とする飲食店でよく使われます。直営のチェーン店やフランチャイズ店では、その料理の作り方はシステム的によくまとまっており、「レシピ」はすなわち効率的に料理を提供するための経営上の「マニュアル」といっても良いものです。そのような大規模チェーン店が「味」で勝負をしていないわけでは決してありません。むしろ、そのようなチェーン店だからこそ味で戦わないといけないのです。ですが、その「味」はシステム化されたレシピによって保証されているもので、さらには短時間で料理を提供できたり、人手をかけずに提供できたりすることによる「コストカット」を見越しているなど、やはり経営的には重要な資源です。
チェーン店のそのようなマニュアルは「設備」がなければできないものも多いです。そして、大規模になるとそのシステムのために独自に開発された設備なども使用されていることでしょう。そのような取り組みとこの「のれんわけ」は少し性質が異なるものです。「のれんわけ」で伝えられるのは秘伝の製法です。「秘伝」とは、門外不出ということです。誰にも知られたくないということです。誰にも知られたくないのは、その店の「すべて」を司っている「核」となる部分だからでしょう。だから「秘伝」なのです。
そのようなレシピはある意味「効率化」とは対局の位置にあるといってもいいでしょう。店主が手間ひまかけ、そして長い時間を重ねて編み出したその「味」は、一種の「特許技術」といってもいいのです。ですが結果生み出される「味」は無形のものですから、特許の申請などはできるはずもなく、だから「隠す」のです。「のれんわけ」とはそのように大切な「資源」を誰かに分け与えるということです。「跡を継ぐ」といってもいいでしょう。それほど重要な「のれんわけ」で独立した店舗は、元祖の味を色濃く受け継いでいるものです。
飲食店わ営む人の中には、経営的にその店を大きくしたいと考えている人ばかりではないのです。その店の味をほそぼそとでもずっと誰かに提供したい、できる限りの範囲でいいからずっとその味を楽しんでもらいたいと考えているものなのです。ですから、すべての飲食店が経営を拡大していくわけでもありません。そして、その「規模」は決して「味」に関係のあるものではないのです。「もっと広く売れば儲かるのに」と他の人が考えても、自分以外に納得できる味が出せる人間がいないと考えているのであれば、店舗は拡大できないのです。そのように重要なファクターを占める「味」を受け継がせるものが、「のれんわけ」です。のれんわけされたお店の味を確かめに行くのも、一興ではないでしょうか。